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労基法等による賃金の保護

従業員の給料から従業員の不注意による社用車の修理代を天引きしても問題ないでしょうか?

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更新日:2019.10.25

ご質問:

当社で、若手の従業員が社用車を運転中によそ見をして、車をガードレールにぶつけてしまい、車の修理に20万円もかかってしまいました。そこで、その修理代の弁償として、毎月の給料から1万円ずつ20回に分けて天引きしようとしたところ、その従業員の親が「それはおかしい。」と文句を言ってきました。本人の不注意で修理代がかかったのですから、それを弁償するのは当然ですし、一括で天引きしたわけでなく、月々の分割にしてあげたので、何の問題もないと思っています。

回答:

1.労働者に対する損害賠償請求

 どれほど優れた人でも、ミスをすることはあります。労働者もミスをして会社に損害を与えてしまうことがあります。そのような場合に、会社は、労働者に全ての損害について賠償させることができるのでしょうか。

 
結論は、NOです。

 ケースバイケースになりますが、全ての損害を賠償させることができる場合もあれば、全く賠償させることができない場合もあります。

 労働者のミスで、会社に損害を与えたのだから、その労働者が弁償するのは当然という考え方は当然のようにも思えます。しかし、裁判所の考え方は、労働者も人間である以上、仕事上のミスがあり、軽微な損害が発生することは避けがたい一方で、使用者は事業によって経済的利益を受けているので、事業に伴う損害も使用者が負担すべきという観点で、労働者の責任をかなり限定的に考えています。

 最高裁判所の判例では、「使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである」(最高裁判所昭和51年7月8日判決)と述べられています。

 具体的には、労働者が、会社の備品を盗んだとか、会社のお金を横領したというような意図的に損害を与えるようなケースは、労働者が業務を行う際に生じた損害ではなく、犯罪行為により損害を与えたのですから、全ての損害を賠償させることができます。

 しかし、業務を行うにあたってのミスで損害を与えたような場合、例えば、相談のような交通事故や、機械の操作ミスによって機械を壊してしまったケース、会社の備品を外出先で失くしてしまったケース等では、労働者への賠償請求は認められないか、非常に限定された部分のみしか認められません。
 

 また、労働者が重過失によって会社に損害を与えた場合には、賠償が認められる割合は大きくなりますが、せいぜい損害の50%程度が最大でしょう。なお、「重過失」というのは、法律上の用語で、過失(ミス)の程度が重いことであって、結果が重い軽いとは関係ありません。

2.給与天引き

(1) 賃金の全額払いの原則

 ご相談の件で、仮に、修理費用の一部について弁償させることができるとした場合、それを給料から天引きすることはできるのでしょうか。

 
こちらについても、原則としてNOです。

 労働基準法第24条は賃金の支払いについて、①通貨払いの原則、②直接払いの原則、③全額払いの原則、④毎月1回以上払いの原則、⑤一定期日払いの原則、を定めています。  

 給与からの天引きは、③全額払いの原則に反することになります。但し、いくつかの例外があります。

(2) 社会保険料等の控除

  健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料、雇用保険料、所得税、住民税といった公的負担については、法律上、給料からの控除が認められています。

(3) 労使協定

 労働者の過半数代表と労使協定による合意をした場合は、合意の限度で社内預金や親睦会費の天引きをすることが認められます。

(4) 労働者の同意

 以上のほかにも、最高裁判所は、給与からの天引きについて、労働者がその自由な意思に基づき天引きに同意した場合において、その同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときには、天引きは認められると述べています(最高裁判所平成2年11月26日判決)。  

 但し、労働者が天引きに応じざるを得なかったとして、自由意思ではないと判断されることが多いので、同意があれば大丈夫と楽観的に考えるべきではありません。

ご相談内容について

 ご相談の内容に戻りますと、修理代全額を労働者に弁償させようとしたことは適切ではありません。事故の詳細な状況、特になぜよそ見をしてしまったかという点について、詳細を聞かなければ結論は出せませんが、労働者に弁償させることができないか、弁償させることができるとしても僅か一部分にとどまるという事案と思われます。

 そして、一部分の弁償を求めることができるとしても、給与からの天引きをすることは違法です。本人の同意を得れば、天引きも適法になる可能性がありますが、今回の件では、ミスをした本人としては、会社からの天引きに「同意せざるを得なかった」のであり自由意思による同意ではないと評価される可能性が高いと思われます。

 実は、ご相談の内容と似た事案について、訴訟が提起されてニュースで話題になった事件があります。平成27年7月、アリさんマークの引越社で知られる名古屋と大阪の会社に対して、元社員やアルバイトらが合計約7000万円を求める訴えを起こしたと報道されました。訴えの内容は、引越荷物の破損やトラックの損傷について、弁償金として給与から天引きされたので、その分の賃金支払いを求めるというものです。その後、アリさんマークの引越社については、同種の訴訟が立て続けに起こされました。また、働いても、どんどん弁償金が増えていくとして、アリさんマークの引越社の名前に絡めて「アリ地獄」と呼ばれていました。
この件については、会社側が、訴えを提起した労働者に対して、報復措置(中傷ビラの配布、懲戒免職等)を行ったことで、争いがエスカレートし、その後の会社の対応などもワイドショーなどでも大きく取り上げられました。最終的に和解で解決したと報じられていますが、一連の紛争により多くの人が同社をブラック企業とみなすようになり、そのイメージを払しょくするのには時間を要することでしょう。

 今は、ちょっとしたことでも情報がSNS等で一気に広まってしまう時代です。労働者のミスによる損害を全て賠償させるという考え方ですと、すぐにブラック企業と見られてしまうかもしれません。会社は労働者の働きによって利益を得ているのですから、労働者のミスによる被害はコストとして、基本的には会社が負担すべきということをきちんと理解して下さい。

労基法等による賃金の保護に関する労務等、いつでもお気軽にご相談ください。

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